いまだに日本を覆う「ぬめっ」とした空気

_以前、昭和前期のSF作家である海野十三の作品「浮かぶ飛行島」の朗読動画をアップしたことがあります。そのとき投稿されたコメントの中で「これが戦前のものだとわかっているのか!」というのがありました。何が言いたいのか今ひとつよくわからなかったけれど、おそらく「戦前の文物を取り上げるなんて、軍国主義者かファシストなのか?」といったところでしょうか。どの年代の人のコメントしたのかはわからないけど、なんていうか日本全体を覆うぬめっとした空気を体言しているような印象を受けたので、妙に記憶に残っています。

 あなた、戦前のものは何でも「愚かなもの・悪いもの」と思ってるでしょ?

_と言われても、多くの人が「そんなことはない」と答えるのかもしれません。だが実際に「戦前の何か」が目の前に出てきたとたん、冒頭のコメと同じようなホワっとした印象を持つんじゃなかろうかと思います。いわゆる右寄りの方々でも「戦前の日本は愚かで誤った選択をした」というように置き換えれば、戦前の日本をなんとなく負の側面で見ようとする自分のフィルタに気が付くんじゃないだろうか。

_もちろん「違う」という人も多いことは知ってるし、団塊の世代が消えつつある今、だんだん昔の日本に対する評価が取り戻されつつある実感もある。でも日本全体で見れば、やはり「ぬめっ」とした空気が覆っているのは確か。

_例えば、「八紘一宇」や「教育勅語」なんて、その単語が出てきただけで「トンでもないシロモノ!」とレッテル貼りするマスゴミや言論人をいまだに良く目にする。森友問題では「教育勅語」がまるで悪の経典でもあるかのような取り扱いがされていた。

 なんだかなぁ。

_なんていうか人間なんてそうそう変わるもんじゃないというのが私的な見解。「状況」が違っただけで人間の「本質的な部分」は同じ。だから一時代の人々だけが、取り立てて愚かだったとか悪だったとか「安易に」断定するのは避けたいと思うわけです。

_もし現代にいる私たちが第二次世界大戦の「状況下」に置かれたとしたら、皮肉を込めて言わせていただくと、実際に当時を生きた人々より遙かに「愚かな選択」をする蓋然性が極めて高いとか思ってしまうわけですよ。

_で、何が言いたいかと言いますと、この「ぬめっ」としたフィルタのために「戦前のコンテンツが無視され過ぎ」ということです。もったいないと思うのです。

_冒頭の「浮かぶ飛行島」なんて、めっちゃくちゃ面白い冒険活劇なのに、「戦前のうんぬん」で無視されている状況が歯がゆい。

 誰か映画化して!アニメでも可!

_まぁこれが言いたかっただけの次第。

地政学とは何か

 

 


第一章 地政学の根本問題

一、地政学の根本問題

新しき科学 地政学とはドイツ語のゲオポリチーク Geopolitik の訳語である。地政学という言葉と地政学という学問を創造したのはスウェーデンの国家学者のルドルフ・チェレーンとされている。彼は1864年に生れ、1922年死去したのであるから、地政学なる学問が極めて新しい学問であることがわかる。彼が地政学なる言葉を初めて使用したのは1899年のことといわれる。しかし彼の地政学の体系を最も明確に示した「生活形態としての国家」を交換したのは1916年のことである。従って地政学の学問的発展は第一次欧州大戦以後に属しているということができる。

地政学の学問的誕生はかくの如くにスウェーデンにあるが、地政学はドイツの地理学者フリードリッヒ・ラッツェルの政治地理学を母体として生まれたものであり、また第一次欧州大戦以後の地政学の発達は専らドイツにおいて行われたので、地政学はドイツの学問であったといっても差し支えない。後で述べるように、地政学は国家の生存闘争、政治行動の科学的基礎に関する学問であるといわれている。従って世界政策、対外政策を特定の方向から科学的に基礎づける役目を果たすべきである。第一次欧州大戦において悪戦苦闘の末、ついにヴェルサイユ平和条約によってあの苛酷な条件を押し付けられた優秀な七千万のドイツ人にとっては対外発展の政策を如何にすべきかは正に死活の問題であった。かかる社会情勢を香料する時、地政学がドイツにおいて輝かしい発達を遂げて来ていることは当然のことと首肯することができる。

従ってこのドイツと同じ立場にあった我が国において地政学が近年数多くの人々の関心を惹き、また地政学的研究が次第に発表されて来たのも自然の結果といえよう。昨年十一月には日本地政学協会が組織され、地政学の理論的研究、政策樹立の応用的研究、大衆の啓蒙的教育等に乗り出すこととなった。元来我が国に地政学なる学問がとり入れられたのは極めて新しい。筆者の管見する所では、飯本信之教授が最初である。教授は大正十四年「人種争闘の字j津と地政学的考察」なる労作を発表された。我が国で地政学なる言葉が用いられたのはこれが最初である。また教授は昭和四年に「所謂地政学の概念」において地政学を紹介された。以来地政学なる学問が学者の関心を惹き、その学問的研究が始められたのである。

地政学は上述の如くに年若い、新しい学問であるので、一般に新しい学問がそうであるように、斯学の方法とか任務等については見解が必ずしも一に帰してはいない。色々な見解がとなえられているし、またその解く所も理解しにくいものが少なくない。例えば現代ドイツの地政学の代表的学者のハウスホーファーの著書の如きは極めて鋭い直観力を以て書かれているので、筆者如きものにとっては理解が容易ではない。しかしこれ等の見解を概観して地政学なる学問の本体については何かしらつかむことはできる。以下において述べるところはかくして得たところの、筆者の地政学観である。

先ず地政学は具体的な政策を論じ、その樹立に参与することを直接の目的とする学問ではなくて、その背後に前提さるべき理論の体系を確立することを直接の目的とする学問である、と私は解している。即ち地政学の本質は経済学が理論的な科学であるが如き意味において理論的な科学である。もちろん地政学は国家の政策の確立に対して積極的に参与する。しかし地政学の本質は、この政策確立の基礎として用いらるべき理論の体系たる店にあると解している。

次に地政学は特定の地域、例えば太平洋値域とか、ヨーロッパ地域、東南アジア地域、カリブ海値域というような地域の政治、経済ないし政治、経済地理的事情に就いて論述することのみをその本体としているものではない。これ等の論述は、たとえそれが地政学的であるとしても、これ等の地域の地政学的考察である。地政学の本体はこれ等の考察の背後に前提さるべき理論の体系であり、これ等の考察のよって以て行われる根本の立場を規定する原理の体系でなければならない、というのが地政学の本質に対する私の考え方である。

地政学はかくの如くに統一的な内容を持つ理論的な学問であるとすれば、斯学に固有な問題は果たし如何なるものであろうか。何れの専門科学もそれぞれに独自の根本問題をもっているし、またもっていなければならない。地政学もそれが一の統一的な専門科学であるとすれば、それに独自の根本問題、認識対象をもっていなければならない。次にかかる根本問題について述べることとする。

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