「南京事件」世界に広めた豪人記者、国民党宣伝機関で活動 台北の史料で判明

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【台北=田中靖人】「南京事件」(1937年)を世界に広め、極東国際軍事裁判(東京裁判)にも影響を与えたとされる『戦争とは何か(WHAT WAR MEANS)』(38年出版)の著者、ハロルド・ティンパリーが日中戦争勃発後の39年、中国国民党宣伝機関の英国支部で責任者を務めていたことを示す史料が、台北市にある国民党の党史館で見つかった。国民党の宣伝工作に関わったティンパリーの詳しい活動実態が明らかになったのは初めて。

確認された史料は「中央宣伝部半年中心工作計画」。39年3~8月の党中央宣伝部の活動方針を記したもので、表紙に「秘密」の押印がある。宣伝部の下部組織、国際宣伝処英国支部(ロンドン)の「責任者」のトップにティンパリーを挙げている。

「責任者」はティンパリーを含む欧米人3人、中国人2人の計5人で工作者は「四十余人」。工作目的は、英政府と議会に対中借款の継続や抗日戦争への支援を働きかけることや、英植民地に日本製品不買運動を広げることとしている。

【歴史戦】第10部(4)「南京事件」世界に広めた豪人記者、国民党宣伝機関で活動 台北の史料で判明(1/2ページ) – 産経ニュース


 

hachihachi
史料には具体的な工作活動が記載されているようです。

(1)英国政府要人と国会議員に面会し、「わが抗戦、建国の真意を伝える」
(2)5月に英国各地で講演
(3)6月に訪米し講演
(4)専門書1冊を執筆-などと具体

ss1三浦糸按
戦線後方記録映画としえt、南京陥落勅語の様子が撮影されている映像があるわ。これを見れば、南京の人々が平和が訪れたことに喜ぶ姿を見ることができる。もちろん宣伝的な意味合いの大きい映像であることには間違いないけど、逆に言えば南京の人々が喜ぶ姿が「宣伝」になったということでもあるの。そんな状況で、天皇陛下や日本国民の怒りを買うような南京大虐殺なるものを、日本軍があえてする理由があるの?ってところにせめて疑問を持って欲しいと思うわ。