もう「解釈」では無理、「9条改正」自体が抑止力になる…国柄明記した新たな憲法を 八木秀次・麗澤大教授講演詳報

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群馬「正論」懇話会の第37回講演会が3月9日、前橋市で開かれ、麗澤大学教授の八木秀次氏が「憲法改正 第3次安倍内閣への期待と課題」と題し講演した。憲法とは本来、その国の国柄を示すものであることを大日本帝国憲法制定過程などから説き起こした八木氏は、現憲法が「日本=敵国」としたポツダム体制下で生まれながら、その後「日本=同盟国」に変質したサンフランシスコ体制下においても変わらずにいることが安保法制の根本的矛盾の原因と指摘。日米分断を狙う中国の台頭など現在の国際情勢では解釈変更で乗り切るのは不可能とし、抑止力としても改憲の必要性を訴えた。詳報は以下のとおり。

憲法とは何か

まずは、憲法とは、そもそも何なのかというところから始めたい。

日本は幕末に欧米と不平等条約を結んだ。維新後の明治政府にとっては、その不平等条約をいかに改正していくかが最大の課題だった。不平等条約の1つ、治外法権を撤廃するには近代的な法制度を整える必要があり、明治政府は民法や商法から着手し、その最終地点に憲法の制定があった。

憲法の制定は明治9年の「国憲起草の勅語」にさかのぼる。当時は憲法という言葉は、まだそれほど使われておらず、国憲とか国律といっていた。

この勅語の中で「我が建国の体に基づき広く海外の成法を斟酌(しんしゃく)し以て国憲を定めんとす」と示された。重要なのは、この「建国の体」。日本という国が建国以来どういう国なのかということを基本としながら、広く海外の憲法、法律を参考にして憲法を定めていこうという意味だ。

つまり、憲法とは何より、その国の「国柄」を示すものだ。

最近、「憲法とは国家権力を縛るもので、国民を縛るものではない」という指摘が一部の憲法学者などからあるが、それは間違っている。今の憲法には国民を縛るものとして国民の義務も規定されているではないか。

【群馬「正論」懇話会】もう「解釈」では無理、「9条改正」自体が抑止力になる…国柄明記した新たな憲法を 八木秀次・麗澤大教授講演詳報(1/6ページ) – 産経ニュース


 

s2不破寺真九郎
最初に憲法が作られるきっかけとなった勅語に「我が国の建国の体」を定めるものというお言葉があったのがポイントですねん。hachiさんが、憲法というのは言わば仕様書のようなもので、日本人自体の有り様を説明したものですと言ってましたが、こういうことだったのですねん。

hachihachi
そして伊藤博文、井上毅、金子堅太郎が中心となって、当時の日本がまさに懸命となって建国の体を模索した結果、生み出されたのが先の大日本帝国憲法です。戦後、アメリカ人社会主義者が一週間かそこらで適当に書いた現在の日本国憲法とは、圧倒的に厚みも重みも違っていますね。
yuna御前賀夕菜
ちょっと面白いなと思ったのは、伊藤博文が憲法について学んだ先のドイツ。あのグリム童話のグリム兄弟が歴史法学者だったなんて知らなかったわ。

「グリム童話」とは、ドイツの古い伝説や昔話を集めたもので、そこからドイツ人が何を正しいと考えてきたかを明らかにしようとしたものだ。

s2不破寺真九郎
これも、建国の体という視点から考えてみれば、確かに伝説や神話のような、その民族の記憶の根底にあるものっていうことが注目されるのは当然だということですねん。

yuna御前賀夕菜
今の日本国憲法は、どんな神話に基づいて建国の体を定めているのかしら。

s2不破寺真九郎
クトゥルフ神話じゃないですかねん。